日本での養蜂の歴史や仕事内容を簡単ですがご紹介します。
意外な方もいらっしゃるかもですが、養蜂も家畜の1種類とされています。
そもそも家畜とは?
家畜の定義は「牛乳や肉などの生産物を人間が利用するために、繁殖・飼育している動物」です。
この定義に当てはめれば、繁殖・飼育している養蜂も家畜とされるわけです。
(余談ですが私は、カレーに蜂蜜・パンに蜂蜜とよく利用する食品です。)
養蜂とは?
養蜂とは、蜂蜜・蜜蝋・ロイヤルゼリーなどを生産するためにミツバチ(二ホンミツバチ・セイヨウミツバチ)を飼育すること。
蜂蜜は誰もが知ってる食材で、食品や飲料水の材料に使われることが多く、ロイヤルゼリーは健康食品で知られています。
ミツバチは、蜂蜜を採取するために飼育されているイメージが強いですが、他に農作物などの受粉に大いに貢献しています。
都市伝説なんかで聞いたこともあるかもしれませんが、ミツバチが地球上からいなくなった場合人類が滅亡するなんて言われている。
それぐらいミツバチは受粉に貢献していることです。
養蜂の歴史~

そんな養蜂の歴史は、約1万年前までに遡ります。
有名なのが、スペインに位置するアラニア洞窟の壁画でしょう。
その壁画では、自然に作られたミツバチの巣から蜂蜜を採取する人間の絵が描かれています。
また、紀元前5000年頃には養蜂家が存在していたという記述もありました。
昔と現在の養蜂の様相は変わっており、自然に作られた巣を探し、砕いて、蜂蜜を採取する旧式養蜂と人工巣箱・蜂蜜分離機などの道具を使った近代養蜂に分別します。
旧式養蜂は1万年前から19世紀までの長い期間行われている。
近代養蜂は、日本では明治時代から導入さらた様式です。
日本での歴史~
日本の養蜂は、「日本書紀」にかかれており643年とされています。
平安時代では宮中への献上品として蜂蜜が出されたこともあり、昔はかなり高級な食材だったといえます。
このころは、二ホンミツバチを飼育していたとされています。
現在の様式になってきたのは、江戸時代後期から明治時代にかけてです。
巣箱の導入や輸入で養蜂器具を手に入れたりと盛んになりはじめました。
セイヨウミツバチが導入されたのも明治時代からとされています。
江戸が東京になり欧米文化が入ってくるに従って日本の養蜂も整ってきましたが、明治6年に田中芳男がオーストラリアからドイツの養蜂書を持ち帰ったのが日本でのセイヨウミツバチを使った欧米の養蜂術、つまり近代養蜂の最初と言われています。
https://akitayahonten.co.jp/aki0303-01.shtml
仕事内容

養蜂では、巣箱と巣礎と呼ばれる厚材の組み合わせたもので飼育します。
巣礎はミツバチの巣穴になる板であり、規則正しい六角形の巣穴です。
人工の蜜蝋で作られています。
巣箱にもよりますが、1箱に8~10枚の巣礎を設置するそうです。
飼育方法は主に2種類 定置養蜂と移動養蜂です。
文字通り、定置養蜂は同じ場所で季節ごとの各種の花を使って蜂蜜を生産する様式です。
中には果樹などの受粉に用いるために定置養蜂を行っている農家さんもいらっしゃいます。
移動養蜂は、巣箱を移動させながらの養蜂です。
しかし、蜂のストレスや蜂蜜のコストアップにつながるため現状は減少していってる様式です。